“王 道”  『恋愛幸福論で10のお題』より

 


真夏に萌え出る若葉のうちから、
鮮やかなまでの真っ赤なカエデがあるのを見て、
そういえば驚いていた彼だったことを、
何故だろか、ふと思い出した。
いかにも柔らかそうな“若葉”だのに、
そりゃあ見事な深紅が
その背後に広がっていた夏空に鮮やかなまでに映えており、

 『紅葉って、
  秋になって葉緑素が機能しなくなるから変わるものって習いましたのに。』

学校でそうと習って、枯れる訳ではないのだと知ったときも驚いたのに、
そこへの畳み掛けみたいでもっとビックリしましたと。
大きな瞳を瞬かせていたなと。

 「…。」

ここで目にする木々はどれも、
真夏の空に相応しく、はたまた、
暑気忘れに打ってつけの、
何とも涼やかな緑のそればかり。
だというのに、何でまた。
そんなことを ひょいと思い出してしまったものなのかは、
当の進清十郎さんにも よく判らないことで。
ただまあ、
自分にとっては気にも留めなかったようなこと、
なのに彼にかかると不思議や驚きの対象であるらしく。
そういったものに触れるごと、
様々に色々な表情を、惜しげもなく見せてくれる彼なのが、
嬉しかったのまで思い出し、
何とはなく心が穏やかに和むのは心地がいい。

 「…。」

枯れてまではいないがところどころが擦り切れた芝なのは、
恐らくは今の自分たちのように、
夏の陽射しを避け、この木陰へと逃げ込む顔触れが多い、
いわば指定席のようなものだからだろか。
それとも…頭上の梢がゆらゆらと揺れつつ描く、
木陰の輪郭に荒れようが添うているあたり、
そこがぎりぎり環境を分ける境界線となっているからか。

 「…。」

まだ午前だというのに、既に大気は結構な熱を帯びており、
近年採用されたばかりな呼称の“猛暑日”とかいう日となりそうな気配。
それでも此処はまだ、茂みや木立という緑とそれを根付かす土があるせいか、
アスファルトの路上でこうむるような、炒られるようなレベルの苛酷な温風を、
容赦なく吹きつけられるまでには至らないのが大いに助かる。
いくら強靭な体躯や体力を練りたくとも、
環境の悪い中で自らを徒らに酷使すればいいというものではないからで。
回復を計算に入れない疲弊や過労は、単なる消耗しか招かない。
ちょうど鋼を鍛えるのと同じこと、
叩いては休み、酷使しては いたわってこそ、
確かな“実”になるというもので。

 「…。」

…などなどという、
色気もへったくれもない分析した出来ぬのだから、
やはり自分に叙情とかいうものは相当似合わないらしい。
そんなこんなも含めて、何も考えずにいたのだ、ついさっきまでは。
このまま例年のものとして定着するらしい、
アメフトの東京都代表を集めての夏季合宿に招集され、
各校の主力が集まっての練習に、
涼しいうちの朝も早くから汗を流していての…今はインターバル。
食休みもかねて、少しほど体を休めよとの指示に、
涼しくて静かなところへと陣取っておれば、
通りすがったのが小さな好敵手くんであり。
視線を投げれば、それが彼には“おいでおいで”と通じての、
木陰で並んで涼んでいるという構図になっており。そして、

  「…?」

ぱさりと微かな音がして。
おや?と見やれば、先程から開いていた問題集がお膝から転げ落ちており、
ひょいと手を延べて拾ってやりつつ、その持ち主はと見たれば、

 「………zzzzzzzzz。」

早起きがこたえる彼ではないはずだけれど。
それとも、心地いい疲労へここの涼風が効いてのことか、
何ともまろやかな寝顔でくうくうと寝入っている瀬那であり。
眠ると体温が下がるというから起こしたものか、
だが、こうまで心地よさそうなのに?

 「…。」

しばらくはこのままと置くことにしたのは、
寝入りばなを起こすのは可哀想だったのと、
ちょっぴり仰のいた童顔に、ついつい見ほれたから。
今にも左右のどちらかに倒れ込みそうなバランスで、
背後のスズカケに凭れかけていて。
瞬きの途中で止まってしまったような目許の、
浅いくっつきようが、いかにも稚い。
うっすらと開きかけた趣きの滲んだ口許も、
水蜜桃のような産毛を光らせている すべらかな頬も、
何とも柔らかそうな佇まいであることがそのまま、
いかに安らぎに満ちているのかと示しており。
間近から見ているこちらまで、心和んで穏やかな気分になれる。

 「…。」

そういえば、出会ったころは緊張されてばかりいた。
話せば口ごもり、肩をすぼめ、
警戒まではしてないだろうがそれでも
彼がまだ特別じゃあなく、
今よりもっと端としていた自分でもそれと判ったほど、
硬くなった態度からは、
一線引かれて対されていたことが、まざまざと伝わって。

 “…特別。”

いつからだろうか。
アメフトの、いや、強さを求める上で凌駕せねばと思った以上に、
この小さなセナから意識が外せなくなったのは。
一緒にいてもつまらないからと離れて行かない、
何かしら桁が違うからと遠巻きにしない、
そんな彼だから…こちらからも関心が向いたのか?
いや、そんな人はセナ以外にも結構いたのに、
こんな形での関心は一度も沸かなかったと思う。
自分へと向かい合ってくれる存在にしてみても、
アメフトに限ってなら結構いた筈だが、

 「…。」

誰ぞと向かい合うなぞ考えもしなかったのは、
むしろ自分からの構えではなかったか。
誰とも接点を持たぬまま、
もっと強くもっと高くと、
当て処のない駆け登りようを続けているうち、
常に切迫感に追われるようになっていて。
何も見えなくなっていたのは、
誰に教化されたのでもなく、何に誘導されたのでもなく、
自分で失速しかけての陥っていた状態で。

 “未熟な…。”

心豊かなセナと知り合って以降、
人としてどれほどのこと救われているかを思えば、
彼との邂逅へ本当に本当に感謝したくなる。

 「…。」

吹きすぎてゆく涼風にあおられ、
額に揺れるやわらかな前髪がくすぐったいか、
うにぃと眉が寄ったのへ気づいて。
そおと指先で払ってやれば、
赤子のようにそのまま微笑うところがまた愛らしく。

 「………。」








 「…って、焦れったいなっ!」
 「ただ見てるだけで満足してるってところがアイツらしいんじゃない。」

だから、その機関銃は仕舞って仕舞ってと、
すぐ傍らから勢いよく立ち上がりかかった悪魔様を、
半ば羽交い締めにして食い止めるアイドルさんだったりして。

 「大体サ、手ぇ出したら出したで、
  合宿に雑音入れてんじゃねぇって、ヨウイチ、やっぱり怒るんじゃないの?」
 「当然だ。」

そこで“図星差された”と怯むどころか、
それが悪いかって胸を張っちゃうから凄いんだよね、この人はと。
少々乾いた笑いようをした桜庭としては、

 「あそこで“ちょっと撫でてもいいかな”ってならないところが、
  進らしさではあるけどね。」

髪をのけてやっただけ、後はまた ただ眺めているだけという余裕が、
凄いんだか…オクテなんだかと、
苦笑が絶えないらしい桜庭の、
広々とした懐ろの中に収まる格好になった誰かさんとしては、

 「誰もがお前と一緒じゃないっての。////////

窘めたくてか ちょいと低いお声を出したけれど、
その語調が…少々微妙に仄かに、ただ不機嫌な時とは違ったらしくって。


  ―― やだなぁ、妖一ってばvv
      何がだ。
      そんな可愛い声出して。なに照れちゃってるかな。
      ば…、何言ってやが…っ!
      ああ、ほらほら、二人に気づかれちゃうよ?
      う…っ。////////
      さぁさ、僕らは僕らで、あっちで憩いましょうねぇvv


  どんなに暑かろうが、特訓で絞られていようが、
  それと“これ”とは、所謂 別腹ならしいですねと。
  フィールド周縁に植えられた、木立の皆様、
  さわさわ揺れては苦笑をこぼしていたそうな…。



   暑中お見舞い申し上げます



  〜Fine〜  08.7.21.〜7.22.


  *これがウチの“王道”と言いたいらしいです。
   よければ察してやってください。(た、他力本願寺…。)

  *そういや、ウチの近所ではまだセミの声が聞られませんで。
   暑さの増す昼間は鳴かないものと判っておりますが、
   朝晩にも聞こえて来ないような…。
   時々語っておりますように、ウチはなかなかの野生の王国ですし、
   ご近所一帯も土埃舞うような土地柄ですのにね。
   あまりに暑いからでしょうかね。
   蜜柑の出来みたいに“裏作”の年とかあるのでしょうか?

   ……というのを昨日綴っておりましたら、
   母が、朝 ゴミを出しに行ったら聞こえてたと言ってまして。
   何のことはない、ウチの近間で鳴いてないだけでした。
   でもなあ、そんなに樹も減ってはないのになあ。
   この何年か、回りに一気に分譲住宅が建ったので、
   幼虫がいたんだろう土の方に、大きに変動があったのかなあ。


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